理不尽な兄との攻防戦5


―ずっと前から葉月君が好きだったの。付き合って下さい…

人づてに呼び出された放課後。図書室で告げられた言葉に俺はどきどきしながら答えた。

それが人生初、俺が女の子に告白された瞬間。

そして…。

―葉月君がそんな人だったなんて。浮気者!もう顔も見たくない、さよならっ…

人生初、振られることになる始まりでもあった。

「ただいま〜」

その日俺は初めて出来た彼女という存在に浮かれたまま帰宅した。

「嫌にご機嫌じゃねぇか。俺にさせたこと、もう忘れたのか」

「うっ…忘れてねぇよ」

俺が誤って酒を飲んだ日、俺の記憶にはさっぱり残っていないが、気持ち悪さのあまり吐いたらしい。汚れたシャツの始末やら何やらそれを何故だか全部兄貴がしてくれたとか。それで俺はシャツを着ていなかったらしい。

若干胡散臭いが、覚えていない俺としてはそこを突かれると弱い。

けど、今はそれより。

「それより俺彼女出来たんだ〜」

「………へぇ」

「前から好きだったって言われてさ」

自室には戻らず、鞄を床に落として兄貴の座る一人掛けのソファとは別のソファに腰を落としてにへらと笑う。

突き刺さるような鋭い眼差しはこの際無視で。

「お前、その女が好きだったのか?」

「え?ううん。可愛いし、付き合ってく内に好きになるかなーって思って」

「はん。お前も意外と残酷なことするな」

「はぁ?何言って…」

ゆっくりと立ち上がった兄貴を見上げれば、兄貴はそれきり背を向けてしまった。

「何なんだよいったい」

弟に彼女が出来たのを喜んでくれたって良いだろ?兄貴の馬鹿!

素っ気ない兄貴の態度に、いつもの事なんだけど、浮かれていた気持ちも一緒に萎んでしまったかのように何だか胸がもやもやする。

「っ別に兄貴なんて関係ないし!」

俺はそれが堪らなく嫌で無理矢理気持ちを切り替えると、床に落とした鞄を拾い自室へと向かった。

階段を上り、俺の部屋は間に寝室を挟んで兄貴の部屋とは隣同士になっている。何故こんな可笑しな構造になったのかというと、元は俺と兄貴の部屋は繋がってて一部屋だったからだ。

それを兄貴が中学に上がる頃、流石に二人で一部屋はと両親が話し合い間に仕切りとなる壁を入れた。しかし、そうなると元から使用していた二段ベッドが無駄になってしまうとか何とか…で、妥協案をとって俺と兄貴の部屋の間に寝室を設けたらしい。
だから俺が寝る場所は兄貴と一緒なのだ。

部屋へと入ったのか姿の見えない兄貴に、俺は心無し不貞腐れて自室の扉を開けた。

鞄を机の上へと置き、ラグに腰を下ろす。読みかけだった漫画に手を伸ばして気をまぎらわせる。

それが結局、漫画に夢中になってしまい気付けば夜で、俺は母さんに呼ばれて慌ててリビングに降りた。

「って、あれ?兄貴は?」

ご飯の並べられた食卓に着きながら俺は兄貴の席を見る。すると母さんからは一言友達と遊びに行ったわよと返ってきた。

友達といえば大塚さんか?

「なんだ…」

兄貴に会わなくてホッとしたような、しなかったような…妙な気持ちになった。

その後はいつもと変わらず、だらだら過ごして風呂に入って歯を磨いてベッドに入った。
時刻はもう少しで十二時を回る。兄貴はまだ帰って来ない。

「……寝よ」

俺は兄貴用にと買った抱き枕を抱き締め目を瞑る。
告白されてどきどきした気持ちはいつの間にか何処かへ行ってしまっていた。







ギィ…と扉の開く音がする。続いてペタペタと裸足で床の上を歩く音。
眠りの浅かった俺は近付いてきたその音にうっすらと目を開けた。

「ん…あに…き?」

ぼんやりしていればいきなり腕の中に抱いていた抱き枕を取り上げられ、ベッドの外へと投げ捨てられる。

「あっ…なにすん…!」

反射で奪い返そうと伸ばした手は逆に掴まれ、シーツへと縫い止められた。そのままベッドへと上がってきた兄貴から仄かに酒の匂いがする。

「あに…」

「葉月」

俺に覆い被さるように顔を寄せてきた兄貴の眼差しはどこか熱い。頬を掠めた吐息も熱を孕んだように熱く、ゾクリと背筋に震えが走った。

「……っ」

得も言われぬ感覚に支配され、身動きできずにいれば兄貴はふっと瞳を細めた。そして、何故か首筋に顔を埋められる。

「ちょっ…痛っ!」

直後、首筋に生暖かい感触を感じチリッとした痛みが走る。
俺は押さえられていない足をジタバタと動かし抵抗した。

「痛いってば、何すんだよ!離せっ!」

鎖骨あたりにも同じ感触を受け、チクリと痛みが走る。

「ぅ…っ…」

思わぬ攻撃に変な声まで漏れた。

「………こんなものか」

ようやくゆっくり離れていった兄貴は何か勝手に納得してたけど、俺は全然納得出来ない。
掴まれていた手を離され、俺は意味不明な行動をとる兄貴を睨み付けた。

「何するんだよ!」

すると何故か珍しく兄貴が目を見張った。何やら少し考えた様子で口を開く。

「お前それ本気で言ってるのか」

「何が…?それより!」

「分からねぇなら良い。寝るぞ」

「ちょっ、まだ俺の話の途中…!」

強引に腕の中へと抱き寄せられ、問答無用でベッドへと沈められる。それでも文句を連ねようとした俺は兄貴のうるせぇという鋭い睨みの前にあえなく撃沈した。

そう、決して、抱き締められて、身体を包むその温もりについうとうととしてそのまま眠ってしまったわけじゃない!



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